なぜ遺留分侵害のケースでは、『付言事項』が不可欠なのか?

特定の相続人に全財産を譲りたい場合(例:介護をしてくれた長男、長年連れ添った妻など)、他の相続人の「遺留分(相続人に最低限保障された遺産取得分)」を侵害することになります。
この時、何も説明がなければ、財産をもらえなかった相続人はこう思います。
「親父は自分を愛していなかったのか?」 「長男が無理やり書かせたに違いない!」
これが、感情的な対立の火種となり、泥沼の「遺留分侵害額請求」へと発展します。
付言事項の「抜群の効果」
付言事項には法的拘束力はありません。しかし、故人の肉声としての「精神的拘束力」は絶大なものです。「弁護士を依頼して争ってでも遺産を奪い返してやる」という相続人の怒りの拳を、そっと下ろさせる力があります。
2. 【解決事例】付言事項が紛争を止めたケース
典型的な事例を用いて、付言事項の有無による違いを見てみましょう。
ケース概要
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被相続人: 父(母は既に他界)
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相続人: 長男 太郎(同居・介護10年)、次男 二郎(遠方で別居・疎遠)
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財産: 自宅不動産(3000万円)と預金(500万円)
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遺言内容: 「長男に全財産を相続させる」
❌ 付言事項がなかった場合(最悪のシナリオ)
次男は遺言書を見て激怒します。「兄貴だけズルい」「俺の権利(遺留分)を現金でよこせ」と請求。 長男にはそんな蓄えはなく、結果として実家を売却して現金を捻出せざるを得なくなりました。この後、兄弟の縁は完全に切れました。
⭕ 付言事項があった場合
父は遺言書の最後に、次男へ宛ててこう書き残していました。
【付言事項】 私の人生は、妻と二人の子に恵まれた素晴らしいものでした。10年間もの間、同居して私の介護に献身的に尽くしてくれた太郎には心から感謝している。私の遺産は、その感謝の気持ちとして太郎に残したい。二郎は大学を出て、立派な職業について家庭も持っていることを誇りに思っている。 どうか、遺留分を巡って兄弟で争うようなことはせず、長男がこの家で安心して暮らせるようにしてやってほしい。これからも兄弟仲良く助け合って生きていってほしい。
結果: これを読んだ次男は涙を流しました。「親父は自分のことを認めてくれていた」「兄貴はそこまで苦労していたのか」と理解し、「親父の頼みなら仕方ない」と遺留分の請求はしませんでした。実家は守られ、兄弟関係も維持されました。
3. 心を動かす「付言事項」作成のポイント
単に「文句を言うな」と書くのでは逆効果です。以下の3要素を盛り込むことが鉄則です。
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感謝と愛情を伝える
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財産を渡さない相手に対しても、「愛していないからではない」ことを明確にします。「自立しているお前を誇りに思う」など、相手の承認欲求を満たす言葉を選びます。
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具体的な理由(背景)を説明する
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「なぜこの配分なのか」を客観的事実(介護の苦労、生前贈与の有無、事業承継の必要性など)に基づいて説明します。
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「争わないでほしい」と願う
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親としての切実な願いとして、「兄弟仲良くしてほしい」「母さんを困らせないでほしい」と訴えかけます。日本人は、亡くなった人の「遺志」を無下にすることに強い抵抗を感じる傾向があります。
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4. 専門家からのアドバイス
遺留分を侵害する遺言を書く際は、以下の2段構えで備えることを強くお勧めします。
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① 付言事項で感情に訴える(紛争予防の第一線)
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② それでも請求された場合に備え、遺言内で予備的対策をしておく
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例:「万が一、遺留分の請求が行われた場合、その支払いは〇〇の預金から充てること」など、自宅を売らずに済むような指定をしておく。
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まとめ
付言事項は、「法的効力のない、ただのメッセージ」です。 しかし、相続の現場において、これほど「家族の絆を守る強力なツール」はありません。遺言書は、法律文書であると同時に、家族への最期のラブレターなのです。
司法書士法人アコードでは、遺言を作成される方のお気持ちを丁寧にお聞きし、付言事項作成のアドバイスを含む、遺言作成サポートに力を入れています。
お気軽にご相談ください。
この記事を担当した代表司法書士

アコード相続・遺言相談室
代表司法書士
近藤 誠
- 保有資格
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司法書士・簡裁訴訟代理認定司法書士
- 専門分野
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遺言、家族信託、M&A、生前贈与、不動産有効活用等の生前対策
- 経歴
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司法書士法人アコードの代表を勤める。20年を超える豊富な経験、相続の相談件数6000件以上の実績から相談者からの信頼も厚い。

















































